前奏  奏楽者
招詞      詩篇84:5~7  司会者
賛美      新38(聖195)    一同
主の祈り    新826頁  〃
祈祷唱     聖373(新ナシ)   〃
使徒信条    新826頁  〃
交読文43(詩篇第136篇)913頁〃
祈祷            司会者

賛美      新222(聖442)   一同

聖書ミカ書7:16~20  桂以そ美姉
説教「罪を越える神の愛」  井上義実師
聖書各巻緒論33・預言書11
祈祷             一同
     -聖餐式-

賛美      新427(聖520)    一同
献金
献金唱     聖378(新ナシ)    〃
感謝                 当番

頌栄      新63(聖383)     一同
祝祷             牧師
後奏             奏楽者
報告             司会者

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説 教 題:「罪を越える神の愛」井上義実師
聖書箇所:ミカ書7:16~20

聖書各巻を開いてきました。旧約聖書の最後の区分の預言書です。先週はヨナ書を語りましたが、続いてミカ書を開きます。ヨナ書は、預言者ヨナの行いや思いが中心に表わされていて、信仰について考えさせられます。預言書の中では特別な書巻です。ミカ書は神様のメッセージを中心にした通常の預言書の形で記されています。

Ⅰ.ミカ書の概要

ミカが預言者として活動した時代は、ユダの王ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの治世になります(1:1)。イザヤ、ホセアと重なる時期に、南王国ユダにあって主に仕えていました。

ミカは南王国ユダ、北王国イスラエルの両方に神様の使信を伝えていました。その使信は両国の罪を指摘し、神様が下される裁きについてでした。神様からの裁きの結果として、「サマリアを野にある瓦礫の山とし」(1:6)とあり北王国イスラエルの滅亡が預言されています。「エルサレムは瓦礫の山となり」(3:12)とあり南王国ユダの滅亡も語られています。しかし、懲らしめだけではなく、神様の祝福や希望が約束され、やがてなされる捕囚後の回復も、遠い未来に表わされる終末の栄光も語られています。

最も大きな約束はメシア・救い主の預言です(5章)。「ベツレヘム・エフラテよ、あなたはユダの氏族の中で、あまりにも小さい。だが、あなたからわたしのためにイスラエルを治める者が出る。」(5:2)は、東方の博士たちがユダヤの王はどこにお生まれになりますかとヘロデ王に尋ね、学者たちが答えた箇所になります。ミカ書が旧約聖書正典として認められていたことが分ります。4・5章には神様の救いと回復が記されています。   

Ⅱ.ミカ書の救い

ミカ書で描かれている救いについては、特に7:7から7:20に見ることができます。7:7は「しかし」から始まります。イスラエルの民は神様から離れ、不信仰によって宗教は形ばかりであり、社会も、個人も腐敗し、神様は裁かざるを得なかったのです(6:1~7:6)。この「しかし」は、それでもなお主を仰ぎ、待ち望む信仰が表わされています。

7:8「主が私の光だ。」7:9「私は、その義を見る。」との信仰による希望が語られています。その信仰によって、7:10「敵は道の泥のように踏みつけられる。」と神様の怒りはご自分を侮る敵に向けられていくのです。

7:11から7:13はイスラエルの再建、繁栄が語られ、敵によって蹂躙された国土が回復されていきます。

7:14「どうか、あなたの杖で、あなたの民を、あなたのゆずりの群れを牧してください。」神様は全イスラエルの牧者であることが表わされています。神様が牧者であり、イスラエルはその牧の羊であることは聖書の大きなテーマです。

神様が牧者であることについては、詩篇にも繰り返されています。詩篇23:1「主は私の羊飼い」、詩篇95:7「私たちは その牧場の民 その御手の羊。」等々。預言書にも神様が牧者であることが多く出てきます。

イザヤ40:11「主は羊飼いのように、その群れを飼い、御腕に子羊を引き寄せ、懐に抱き、乳を飲ませる羊を優しく導く。」、エレミヤ31:10「諸国の民よ、主のことばを聞け。遠くの島々に告げ知らせよ。『イスラエルを散らした方がこれを集め、牧者が群れを飼うように、これを守られる』と。」、エゼキエル34:14「わたしは良い牧草地で彼らを養い、イスラエルの高い山々が彼らの牧場となる。彼らはその良い牧場に伏し、イスラエルの山々の肥えた牧草地で養われる。」(他)とあります。

神様は良い羊飼いとして自らの民を愛し、導き、守り、養われます。このように救いと回復が描かれています。

Ⅲ.ミカ書から全世界へ

最後の7:16からは、イスラエルの民に敵対した国々は恐れ、恥じる結果になります。神様の偉大さ、恵み深さが明らかにされていくからです。先に神様の慈しみは、良い羊飼いであることに表わされていることを見ました。今、私たちに現わされているイエス様はご自分が良い羊飼いであると宣言されています。

ヨハネ10:14~15「わたしは良い牧者です。わたしはわたしのものを知っており、わたしのものは、わたしを知っています。ちょうど、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じです。また、わたしは羊たちのために自分のいのちを捨てます。」とイエス様は語られました。この言葉通りに、イエス様はご自分の命を十字架で捨ててくださり、その贖いによって私たちは神様の元に移されました。この救いが全世界に、全ての人に明らかにされているのです。

ミカ書は背信のイスラエルの民への裁きと回復が記されています。私たちの裁かれるべき罪と咎は、イエス様の十字架の救いによって赦され、消し去られ、神様と私たちとの交わりは回復されているのです。ミカ書はこの時代のイスラエルの民に語られましたが、イエス様によってなされた全ての人への恵みを私たちは語り伝えて行きましょう。

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