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礼拝出席


 

 


 

※4人目以降は、3人分を送信後に再読み込みして記入してください

司会:阿部修一兄奏楽:藤村陽子姉
入堂
静思
前奏                                      奏楽者
招詞              ヨブ記22:21~22     司会者
賛美              新23(聖ナシ)                一同
主の祈り            新826頁           〃
祈祷唱             聖373(新ナシ)               〃
使徒信条            新826頁           〃
交読文             30(詩篇第96篇)903頁(新改訳)〃
祈祷                                      司会者

賛美              新177(聖409)              一同

聖書              ヨハネ黙示録5:1~8     油井万里姉
説教              「礼拝から力を受ける」     井上義実師
                信仰の継承7赤山講話9
祈祷                                      一同

賛美              新270(聖468)              一同
献金
献金唱             聖378(新ナシ)               〃
感謝                                      当番

頌栄              新63(聖383)               一同
祝祷                                      牧師
後奏                                      奏楽者
報告                                      司会者

※パソコンで上の動画を再生して下に移動すると、右下に追従します

 

説 教 題:「礼拝から力を受ける」井上義実師
聖書箇所:ヨハネ黙示録5:1~8

久しぶりにバックストン師の初期、赤山講話からの説教を語ります。バックストン師のオリジナルは読んでいただくことが一番ですで、引き写しではなく、私はそこから導かれたことを毎回語っています。

Ⅰ.封印された巻物

 ヨハネ黙示録の内容は深く、広いです。黙示録を解釈するためには様々な角度から捉えていくことが考えられます。

内容的には黙示録4・5章はヨハネが見たこれから起こる幻の中で、神様の審判がなされる前に、天上で礼拝がささげられます。6章からの患難につながっていく節目に当たる、結び目のような箇所になります。4章では天が開かれて、ヨハネは神様の御座を見ました。そこには白い衣を着て金の冠をかぶった24人の長老がまず出て来ます。7つの御霊による7つのともしびが照らしています。聖なる4つの生き物が礼拝をささげていました。

その続きとなる5章ですが、御座に着かれている神様の右手に7つの封印で封じられた巻物があることがまず出てきます。エレミヤ32:11以下を読みますと、ユダヤでは受け継ぐべき資産は封印されています。ここに出てくる封印された巻物は、神様から私たちへの受け継ぐべき資産に当たりますが、神様が備えてくださっている資産とは何でしょうか。

ペテロ第一1:3~5には、「朽ちることも、汚れることも、消えて行くこともない資産を受け継ぐようにしてくださいました。これらは、あなたがたのために天に蓄えられています。」(4節)とあります。日本は、国が国民に投資による資産形成を奨めています。それは、実際的な話で有意義な話でしょう。

信仰者であれば、イエス様の救いによって希望に生き、天に資産を積む者とされているということは何と幸いなことでしょうか。

Ⅱ.封印を解く小羊

 この巻物の封印は誰も解くことができませんでした「しかし、天でも地でも地の下でも、だれ一人その巻物を開くことのできる者、見ることのできる者はいなかった。」(3節)。ヨハネは激しく泣いたとあります「私は激しく泣いた。その巻物を開くにも、見るにも、ふさわしい者がだれも見つからなかったからである。」(4節)。

神様の約束が開かれず、封印されていることへの慟哭でした。神様の真理、恵み、祝福がそこにあるのに閉ざされているという悲痛を感じています。

しかし、解くことのできる存在は「ユダ族から出た獅子、ダビデの根」(5節)であると長老は言います。獅子は全動物の王、最も勇猛果敢であった王ダビデの子孫は、言うまでもなくイエス様を指しています。続く、6節には「屠られた姿で小羊が立っている」とあます。イエス様が、十字架の上で血潮を流され、命を捨てられたことが強調されています。

良く言われますが、聖書で7は完全数を表します。7つの角は完全な力「私は悪者どもの角をことごとく切り捨てます。正しい者の角は高く上げられます。」(詩篇75:10)、7つの目は完全な知識を表しています「エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ。その上に主の霊がとどまる。それは知恵と悟りの霊、思慮と力の霊、主を恐れる、知識の霊である。」(イザヤ11:1-2)。

封印された巻物を小羊が受け取ります。黙示録はここから大きな患難、戦いが続いていきます。神様の勝利、祝福、永遠が記されている巻物が正しい御方に渡され、まさに開かれようとしています。

Ⅲ.封印が開かれる期待

 封印が開かれることは救いの完成には必要なことですが、災いが起こっていく恐ろしさもあります。しかしながら、困難、戦いを経なければ永遠の勝利はもたらされないのです。厳しい戦いとなることも確かなことですが、悪は完全に滅ぼされて、永遠の輝きがもたらされることは既に約束されています。

何も知らない人たちはおじ惑い、誤った判断をするでしょう。しかし、神様にある者たちにはこのことは明白ですし、惑う必要はありません。

大いなる戦いが始まる前に、まず礼拝がささげられます。聖なる生き物、長老たち、御使いたちは屠られた小羊であるイエス様を礼拝しています(9節以下)。天上の大いなる礼拝がささげられるが、この順序を見ていくと、祈り「香は聖徒たちの祈りであった。」(8節)、賛美「彼らは新しい歌を歌った。」(9節)、信仰告白「彼らは大声で言った。『屠られた子羊は、力と富と知恵と勢いと誉れと栄光と賛美を受けるにふさわしい方です。』」(12-13節)とつながっていきます。

ここでささげられている祈祷、賛美歌、信仰告白は教会の礼拝の歴史の中で発展し、多様化、複雑化していきます。その原点となるべき姿の一つなのです。私たちの礼拝でも、祈祷、賛美歌、信仰告白は私たちから出て、神様に向かって行きます。地上から天上に向かうものなのです。

 私たちが今ささげていますこの礼拝も黙示録5章と変わりなく、屠られた小羊・私たちのあがないとなられた救い主イエス様に向けられています。私たちの祈祷、賛美歌、信仰告白は、香のように神様に届いています。大きな戦いを通して、患難は通りますが、やがて表される完全な救いを待ち望みながら、天とつながる礼拝を、心と魂を注ぎだしてささげていきましょう。

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