前奏               奏楽者
招詞              ヨハネ3:16~17司会者
賛美              新75(聖ナシ)        一同
主の祈り    新826頁           〃
祈祷唱     聖373(新ナシ)       〃
使徒信条    新826頁           〃
交読文     52(ルカ1章)921頁〃
祈祷                                      司会者

賛美              新77(聖ナシ)        一同

聖書              ルカ2:21~33       黛和恵姉
説教              「神の言葉の成就」       井上義実師

祈祷                                      一同

        ー洗礼式・入会式ー

賛美              新76(聖ナシ)        一同
献金
献金唱     聖378(新ナシ)       〃
感謝                                      当番

頌栄              新63(聖383)       一同
祝祷                                      牧師
後奏                                      奏楽者
報告                                      司会者

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説 教 題:「神の言葉の成就」井上義実師
聖書箇所:ルカ2:21~33

本年も待降節の日々を過ごし、降誕日を迎えました。私たちは救い主の御降誕に心から感謝し、主の御生涯を通して成し遂げられた救いを喜びましょう。本年は神様の言葉について語ってきました。今朝も神様の言葉を聞き、神様の言葉に従った人々を見ていきます。

Ⅰ.割礼と長子の献納

イエス様はベツレヘムにお生まれになりました。飼い葉桶に寝かされたみどり子イエス様は羊飼いたちの礼拝を受けられました。この後、ヨセフとマリアはレビ記12章にある律法の規定に従って、生後8日目にイエス様に割礼を施しました。続いて、33日のきよめの期間が終わって、エルサレムの神殿に家族で上られ宥めの犠牲をささげ、イエス様を最初の男子として主に献げられたのです。

これらは律法の規定に従ったことで神様とイスラエルの民の祝福の契約のしるしでした。しかし、イエス様を考えるならば、唯一人、割礼もきよめの供え物も必要なかった御方です。しかし、イエス様は人と全く同じに従ってくださいました。割礼は神様とアブラハム、その子孫の間にある契約のしるしであり、偶像礼拝をささげる異邦人との区別であり、罪や汚れからの聖別でした(創世記17:9~14)。

誕生後の神殿での儀式は出産の血のきよめです。また、過越しの際にエジプトの初子が打たれたことのしるしとしてイスラエルの長子はささげられたのです(出エジプト13章)。この時のヨセフとマリアのささげ物は最も貧しいものでした。33年後、イエス様はこのエルサレムで十字架に付けられることになります。

ヨセフとマリアのささげ物は小さなささげ物でしたが、イエス様ご自身は神様への最大のささげ物でした。全ての時代を越え、全ての人の罪を贖って余りあるささげ物となってくださったのです(へブル9:11~14)。

イエス様は人が神様の言葉に従うべきことを、身を持って示される生涯を歩まれました。

Ⅱ.約束と言葉の成就

その時、エルサレムにシメオンという敬虔な老聖徒がいました。イスラエルが慰められるのを待ち望んでいたとあります。私たちは、慰めとは個人的なものと考えやすいですが、シメオンはイスラエルの民全体が神様から救いを受けるようにと待ち望む人でした。

シメオンには、聖霊が彼の上におられた(25節)、聖霊によって告げられていた(26節)、御霊に導かれて(27節)とあるように、聖霊と親しく共にあった人です。シメオンが祈りと御言に生き、神殿で日々礼拝をささげていたのは間違いないことでしょう。

イエス様がヨセフとマリアに抱かれて神殿に上られた時、シメオンは聖霊の導きと示しによって、通り行く誰もが目に止めない一人のみどり子こそ救い主であると言う神様の真理を見出しました。この前に、ベツレヘムの野原で羊の番をしていた羊飼いたちは世界で最初のイエス様への礼拝者となりました。

神殿で、シメオンは世界で最初のイエス様への信仰告白者となったのです「「主よ。今こそあなたは、おことばどおり、しもべを安らかに去らせてくださいます。私の目があなたの御救いを見たからです。あなたが万民の前に備えられた救いを。異邦人を照らす啓示の光、御民イスラエルの栄光を。」(2:29~32)。

シメオンは聖霊によって救い主を示され、聖霊によって救い主を礼拝し、聖霊によって救い主を賛美しました。私たちも聖霊によって、喜びにあふれて救い主イエス様を礼拝し続けましょう。

Ⅲ.救いと栄光の輝き

シメオンの賛美は「あなたが万民の前に備えられた救いを。異邦人を照らす啓示の光、御民イスラエルの栄光を。」(31・32節)とあります。イエス様を通して開かれて行く救いは、全世界の万民のためにあり、永遠にいたる栄光の輝きであるのです。

この世のあらゆる違い、壁、障害を乗り越えていくことができます。言葉、民族、性別、年齢、貧富、貴賤、知識、経験、憎悪、怒り、そねみ … 良いものも、悪しきものも何ら妨げになるものはありません。イエス様の持たれている輝きと光は、この世の光ではありません。

神様の「まことの光」(ヨハネ1:9)なのです。この世の光は外側しか照らすことはできません。しかし、イエス様ご自身のまことの光は、私たちの心と魂に光を与えるものです。そして、このまことの光を暗くするものも、奪うものはこの世にはありません。私たちはこの光を内に持ち続けることができます。神様のことばであるイエス様を内に持つことは、神様の光を内に持つことになります。

私たちもシメオンと共に、クリスマスにお生まれになったみどり子による救いが全ての民へ広がることを祈りましょう。闇と暗さが世界をおおっていますが、栄光の輝きが全てを照らしていくことを願おうではありませんか。

「しかしあなたがた、わたしの名を恐れる者には、義の太陽が昇る。その翼には癒しがある。あなたがたは外に出て、牛舎の子牛のように跳ね回る。」(マラキ4:2)

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