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礼拝出席


 

 


 

※4人目以降は、3人分を送信後に再読み込みして記入してください

前奏  奏楽者
招詞 ヨハネ第一4:13~14 司会者
賛美 新137(聖ナシ)   一同
主の祈り 新826頁    〃
祈祷唱 聖373(新ナシ) 〃
使徒信条 新826頁 〃
交読文 23(詩篇第66篇)897頁(新改訳) 〃
祈祷   司会者

賛美 新310(聖245)       一同

聖書 マルコ3:20~35  大垣謙人兄
説教 「神の国の家族」    井上義実師

祈祷 一同

賛美 新360(聖454) 一同
献金
献金唱 聖378(新ナシ)  〃
感謝 当番

頌栄 新63(聖383) 一同
祝祷 牧師
後奏 奏楽者
報告 司会者

※パソコンで上の動画を再生して下に移動すると、右下に追従します

 

説 教 題:「神の国の家族」井上義実師
聖書箇所:マルコ3:20~35

 6月25日は決算総会を迎えます。昨年度の恵みに感謝し、新たな思いで歩み出せるように祈っています。目を上げて、夏の子どもたち、青年のキャンプ、宣教大会等の諸行事の祝福、秋の霊的な実りの祝福を目指していきましょう。本年の説教の主題の一つが「御国が近づいている」です。私たちは今の時代、いつ御国が来ても良いように備えていましょう。

 

Ⅰ.家族とのつながり

 先ず、この聖書箇所に家という言葉は5回出てきます。次に、イエス様が育った家の身内、家族がやって来ます。さらに、律法学者たちはイエス様を悪霊のかしらベルゼブルとののしっています。当時パレスチナで、日用に使われた言葉はアラム語です。このベルゼブルとは、アラム語のバアル・ゼブブ(蠅の王)か、バアル・ゼブル(家の王)かと言われています。バアル・ゼブルの説が有力で、家の支配者という意味があります。家、家族がこの箇所の背景にあります。

イエス様は家族から「おかしくなった」(21節)と言われました。イエス様を連れ帰るために、居場所を捜されていた(32節)ことも出てきます。イエス様が、ユダヤ教の律法学者から新しい教えとして、反対を受けたのは仕方ありません。しかし、家族からさえも理解されていません。イエス様は家族の救いのためにどれ程祈られたでしょうか。この後、イエス様の十字架のできごとからは、女性たちの真中には母マリアがいますし、エルサレムの信徒の中心に兄弟ヤコブがいました。イエス様の十字架の死後に、家族はイエス様を信じ、神様の恵みを伝えるようになります。イエス様でさえそのような中を通られたのであれば、私たちが家族に真理を理解してもらい、イエス様を救い主として信じてもらえるまで時間がかかったとしても当然のことでないでしょうか。

Ⅱ.聖霊とのつながり

 イエス様は律法学者から悪霊のかしらが悪霊どもを追い出していると非難を受けられました。イエス様は彼らが誤った考えを持っていることを正されています。その最後に「人の子らは、どんな罪も赦していただけます。また、どれほど神を冒瀆することを言っても、赦していただけます。しかし聖霊を冒瀆する者は、だれも永遠に赦されず、永遠の罪に定められます。」(28・29節)と言われました。私たちのどんな罪も、神様を汚す言葉を言っても赦されるとあります。このことは大きな恵みです。この世には、神様によって赦される罪、赦されない罪という線引きはないのです。私たちがイエス様の十字架を仰ぎ、罪を悔い改めるならばどんな罪も赦されるという大原則があります。

ではなぜ、聖霊を冒瀆するものは許されないのでしょうか。聖霊への冒瀆は赦されない罪に当たるのでしょうか。聖霊は、父なる神様より偉いのでしょうか。コリント第一12:3には「聖霊によるのでなければ、だれも『イエスは主です』と言うことはできません。」とあります。聖霊を拒むのなら、イエス様を救い主と信じることはできません。聖霊に反する者は救いに与れないということになります。その上に、「永遠に赦されず、永遠の罪に定められます。」(29節)とあるように、その報いを受けることになります。聖霊を拒むことは、滅びに向かうことにつながっています。私たちは、聖霊によってイエス様を救い主と信じ、聖霊によって神様の恵みに生きることができるのです。この大きな幸いは全ての人が受けることのできる神様の恵み、愛なのです。

Ⅲ.御国とのつながり

 家族がイエス様を捜しにきた時に、イエス様はご自分に従って来ている者たちに言われました「そして、ご自分の周りに座っている人たちを見回して言われた。『ご覧なさい。わたしの母、わたしの兄弟です。だれでも神のみこころを行う人、その人がわたしの兄弟、姉妹、母なのです。』」(34・35節)。イエス様の家族とされる条件は、「神のみこころを行う」ことにあります。

 先ず、神様の御心を行うためには、神様の御心を知らなければなりません。イエス様は、神様の御心をこう語られています「わたしの父のみこころは、子を見て信じる者がみな永遠のいのちを持ち、わたしがその人を終わりの日によみがえらせることなのです。」(ヨハネ6:40)。神様の御心は広く深いことでしょうが、神様の最大の御心は、私たちがイエス様を救い主と信じて永遠の命を持つことです。そして、終わりの日に私たちが主の前に立つことできるようになるということです。神様のあわれみと、慈しみによって神様の家族とされた私たちは、永遠に神様の家族であり続けることができるのです。

 私たちは御国に入られる備えはできているでしょうか。今日という日に互いを励まし合って、神様の御心に叶う歩みをしましょう。

 

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