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礼拝出席


 

 


 

※4人目以降は、3人分を送信後に再読み込みして記入してください

司会:馬越嶺兄奏楽:松下真由美姉

前奏                奏楽者
開会唱             聖366                    聖歌隊
招詞                      イザヤ40:3~5司会者
賛美                      新155(聖482)      一同
主の祈り            新826頁           〃
祈祷唱             聖373(新ナシ)       〃
使徒信条            新826頁           〃
交読文             52(ルカ1章)921頁(新改訳)〃
祈祷                                                      司会者

賛美                      新68(聖ナシ)                一同
合唱                      「飼い葉桶の干し草に」聖歌隊

聖書                      ルカ1:67~80油井万里姉
説教                      「救いは目の前にある」井上義実師

祈祷                                                      一同

賛美                      新204(聖726)      一同
献金
献金唱             聖378(新ナシ)       〃
感謝                                                      当番

頌栄                      新63(聖383)       一同
祝祷                                                      牧師
閉会唱             聖389(新ナシ)       聖歌隊
後奏                                                      奏楽者
報告                                                      司会者

説 教 題:「救いは目の前にある」井上義実師
聖書箇所:ルカ1:67~80

 待降節も第三節を迎えました。昨日のメサイア公演も祝福をいただき心から感謝いたします。次週のクリスマス礼拝、降誕日を待ち望んでこの1週間を過ごしましょう。

Ⅰ.神様の取り扱い

 ルカ1章には救い主メシアであるイエス様の降誕に関わる、祭司ザカリヤ・エリサベツの老夫妻、夫となるヨセフとの婚約中ですが、うら若いマリアの3人が出てきます。

ザカリヤ夫妻は「神の前に正しい人で、主の命令と掟を落度なく行っていた。」(1:6)とあります。当時、祭司は1万8千人いたと言われ、24組に分かれていましたが、1組750人になります。エルサレム神殿の奉仕は年2回であって、神殿の聖所での朝と夕の努めは、4人ずつ(全焼のいけにえをささげる役、穀物のささげものをささげる役、至聖所の灯火をととのえる役、香をささげる役)ですので、くじ引きで決められました。

この時、生涯1度しかできない香を焚く栄誉ある務めがザカリヤに当たりました。ザカリヤは聖所でこの務めについている時に、御使いガブリエルから夫妻に男の子が与えられ、救い主に先立ち道備えをすることを告げられます。

ザカリヤは、直ぐに信じることができず、口がきけなくなってしまいました。ヨハネが生まれるまでの10か月間をザカリヤは無言で過ごします。聖書を見ていくと、アブラハムは人間的な手段で跡継ぎを設けたイシュマエル誕生後の13年間、神様との交わりが絶たれました。

モーセはエジプトでユダヤの民を虐げていたエジプト人の現場監督を殺して逃げだしました。ミディアンの荒野で羊飼いとして暮らした40年間、神様は静かに見守っておられました。 …神様は器を整えるために、静まりを通して取り扱いをなされるのです。

「主はその愛する者を訓練し、受け入れるすべての子に、むちを加えられるのだから。」(へブル12:6)とあります。神様はそれぞれの器に対して、成長へと歩ませられようとされる、神様の期待があります。

Ⅱ.神様が働かれる証し

 神様は、全能の力を働かせられて、ザカリヤ・エリサベツ夫妻に男の子を与えられました。老夫妻から赤ちゃんが生まれたという特別なできごとに、人々は驚き、喜び、感謝をささげています。

ヨハネの誕生がいかに特別であったかということは、神様への「恐れ」(65節)が伝わっていったことが証しとなります。ヨハネという命名が慣習にはなかったこと、10か月もの間、口がきけなかったザカリヤが、堰を切って神様をたたえ始めたことから神様への恐れが人々に伝わっていきました。

 やがてヨハネは成長し、ヨルダン川の荒野で悔い改めを語り始めます。ヨハネの説教を通して、人々に神様を恐れる心が広がっていきました。指導者であるパリサイ人・サドカイ人(マタイ3:7)、この世の価値観に生きている取税人(3:12)、異邦人であるローマ兵(3:14)さえも、続々とヨハネの元にやって来て、悔い改めのバプテスマを受けました。

イエス様が福音を語られる前に、人々の心を整え、人々の心を神様に向けさせていく神様の業にヨハネは用いられていきました。現代、神様を認めることができない、神様を恐れない人間中心の世界が、この世界の混乱や逸脱の大きな原因です。Cf.渋沢栄一とJ.ワナメーカーとの逸話。

…神様を正しく恐れるならば、私たちは正しく歩むことができ、どんなに恐るべき事態が起こってきたとしても、神様への信頼によって動かされることはありません。

Ⅲ.神様への賛歌

 ザカリヤは聖霊に満たされて預言しました。「ほむべきかな」という最初の言葉から、ラテン語でベネディクトゥスと呼ばれる賛美です。前半は救い主メシアの預言の成就(68~75節)、後半はヨハネの使命(76~79節)について歌われています。

ザカリヤは10か月の神様からの取り扱いを通して、神様の前に空しくなり、遜ることの大切さを知りました。何よりも神様の御心を喜び、自らもそこに生きる者であることを悟ることができたのです。

この10か月は一つの命がこの世に人として生まれるための期間でしたが、ザカリヤにとってはなお信仰が成熟して、命となるために必要な期間であったのです。救い主が過去から語られ続けてきた預言の通りに、間違いなくお生まれになること、全ての人を照らし、真の平和をもたらせられることをたたえています。

 主イエス様の降誕日を控え、私たちが何を中心としているのか、改めて問い直しましょう。ザカリヤは長く神様の働きに就いてきました。しかし、なお信仰が問われています。私たちも自分の信仰にいつしかこれで良いという思いが起こってくるのではないでしょうか。神様の御心を喜び、神様の御心に生き、従っていく私たちでありましょう。

イエス様の誕生は私の信仰のためです。さらに、傷んだこの世界に向けてでもあります。この世界に、正しい義なる光が照るように、光の元に人々が共に集まり、真の平和を持つ者がさらに起こされていくように祈り、神様の働きを進めていきましょう。

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