説 教 題 「選ばれたる我」   中 島 秀 一
聖書箇所 ヨハネ15:12~17

「あなたがたがわたしを選んだのではなく、わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命しました。それは、あなたがたが行って実を結び、その実が残るようになるため、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものをすべて、父が与えてくださるようになるためです。」(ヨハネ15・16)
「汝ら我を選びしにあらず、我なんぢらを選べり、而して汝らの往きて果を結び、且その果の残らんために、又おほよそ我が名によりて父に求むるものを、父の賜はんために汝らを立てたり。」(文語訳)

 本日は私の現役最後のメッセージとなります。32年の長きに亘って主にある温かいお交わりを頂いた皆さま方に心から感謝を申し上げます。本日は私の生涯の〈みことば〉を中心にしてお話させて頂きます。

Ⅰ 主権者による選びです。

 イエス様は弟子たちに「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」(マタイ4:19)、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」(使徒16・31)と言われました。これらの御言葉は、条件付きの約束です。今日の聖句は何の条件もつかない、まさに主権者であるイエス様による一方的な選びなのです。
 私は昭和12年7月に5人兄弟の次男として生まれました。翌年には神戸に大きな水害が起こり、わが家も流されました。その頃、私は〈はしか〉を患っていましたので、六甲の伯母の家に預けられました。祖母はあまりにも衰弱しきった私を見て両手を合わせて帰ったと聞いています。
 小学校2年生の春5月のことでした。昭和20年3月に神戸の町にも焼夷弾や爆弾の投下が激しくなった頃でした。神戸の町のあちらこちらには防火用水池が多数作られていました。私は友達と一緒にその池に〈水すまし〉を取ろうと思って出かけましたが、過って足を滑らせ池に落ちてしまいました。もちろん泳げる筈はありません。それからどうなったのかは分かりませんが、次の瞬間、一本の物干し竿にぶら下がりながら助け出されたのです。そこには大勢の人が集まっていた光景を思い出します。母親が心配そうに走って来て、私を背負い、家に連れて帰ってくれました。酸っぱい梅エキスをたくさん飲まされたことを覚えています。5月28日、学童疎開のため学友たちと共に三ノ宮から岡山総社へに向かうことができました。
 母親は身体の弱い私に〈秀一は何度も死にかかっているので、人様のために生きるのだ〉と言い聞かせてくれました。母の言葉がきっかけとなり、私は昭和28年、高校生になった頃、妹の千永子が行っていた垂水教会にでかけました。そこで初めて目に映ってきたのが三島常夫牧師の机の前に掲げてあった「汝ら我を選びしにあらず、我なんぢらを選べり」の〈みことば〉でした。それ以来、〈神の選び、先行する神の恩寵、神への全き信頼〉といった私の信仰の基礎が、この〈みことば〉によって築かれていきました。そればかりかこの〈みことば〉は私を献身へと導く〈みことば〉ともなりました。救われて67年、牧師として61年、私はただひたすら、この〈みことば〉によって導かれて来ました。

Ⅱ 受身の選びです。


 私はこの「選び」を〈受身の選び〉、この信仰を〈受身の信仰〉と呼んでいます。受身と受動態とは同義語と考えます。
 聖書には幾つかの〈受身の信仰〉があります。
 ①「私が神を支えるのではなく、神が私を支えられる。」
  「いにしえよりの神は、住まう家。下には永遠の腕がある。」
  (申命記33:27)

 ② 「私が神を愛したのではなく、神が私を愛して下さる。」
  「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、宥めのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。」(第一ヨハネ4:10)
 ③ 「私が神を運ぶのではなく,神が私を運ばれる。」
  「ヤコブの家よ、わたしに聞け。イスラエルの家のすべての残りの者よ。胎内にいたときから担がれ、生まれる前から運ばれた者よ。あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたが白髪になっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。わたしは運ぶ。背負って救い出す。」(イザヤ46:3-4) 
 ④「私が神をつかまえるのではなく,神が私をつかまえて下さる。」
  「イエスはすぐに手を伸ばし、彼をつかんで言われた。『信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか。』(マタイ14:31)

 1954年10月22日〜24日、三日間にわたる秋の特別伝道集会が本田弘慈師を迎えて行なわれました。本田先生は当時、神戸中央教会の牧師で年齢は42才、私は17才でした。先生は1956年2月から本田クルセードを組織して、超教派の伝道者として立ち上がられたので、本田先生との出会いはそれに先立つ2年前のことでした。思えばこれもまた不思議な神の導きでありました。それ以来、父を早く亡くした私を先生はこよなく愛して下さり、導いて下さいました。有賀喜一先生の不在の時、大阪柏原クルセード、駒ヶ根クルセード、松江クルセードなどに同行して子供集会のご用に当たらせて頂いたのも懐かしい思い出です。結婚を機に先生は私たちを西宮聖愛教会に迎えて下さいました。東京に来てから先生とのお付き合いは強くなり、先生が召天されるまで続きました。
 さて、本田先生の特別集会の最後の集会は私にとって忘れることのできない、記念すべき新生体験の時となりました。ユーモアとパワーに満ちた先生を通して語られるメッセージはまさに鋭い神の〈みことば〉となって、私の罪深い心をえぐり出すには十分でした。と同時にそれは十字架の〈みことば〉となって私の罪を赦し、きよめるのにも十分でありました。その時に示された罪は、子供のころ姉の貯金箱からお金を盗み取っていたことでした。その罪が示されると共に十字架において流された御子イエスの血が、私のその罪を赦しきよめて下さっていることをも鮮やかに示されたのです。
 「御子イエスの血が、すべての罪からわたしたちをきよめるのである。」(口語訳 第一ヨハネ1:7後半)感謝、感激、〈涙とはな〉で悔い改めた新生の経験もまた鮮やかでありました。
 この私の新生体験の〈みことば〉は、その後の私の信仰生活にとって大きな力となったことは勿論ですが、牧師として伝道する場合においてもまた大きな助けとなりました。若い時に与えられた神の〈みことば〉の真実を思わずにはおられなせん。そしてあの時、あの場所で、尊いキリストの新生の恵みにあずかり、神の国の一員として頂いた体験は、だれも奪い去ることのできない確固不動のものとなりました。

Ⅲ 約束の伴う選びです。


 聖書は「あなたがたが行って実を結び、その実が残るようになるため、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものをすべて、父が与えてくださるようになるためです。」と約束しています。ここに「実を結び、実が残る、与えて下さる」という三つの約束があります。神様はこの約束を私の生涯において実現して下さいました。
 中島家は浄土真宗の熱心な檀家でしたから、仏教の素地はあったものの、キリスト教にはまったく緑のない家庭でした。このような者がどうしてキリスト教と関係を持つようになり、さらに信者となり、牧師として召されたのか。その理由を考えても全く心当たりがありません。唯々、主が選び、主が召し、主が導いて下さったとしか説明のしょうがありません。中島家で最初に教会に行ったのは三女の千永子で、私は2番目でした。その後、神の約束のように5人兄弟姉妹すべてが救われたのです。まず家族に約束が成就しました。
 私は神学校4年生の時から大原教会に派遣され、卒業後引き続いて4年、通算5年間、農村伝道に従事しました。そこで北欧風の教会堂が献堂されました。献身者は2名与えられました。次に直江津愛真教会2年、それまで借地であった土地を購入、現在の教会堂建設の大きな資金となりました。献身者が2名与えられました。1967年4月から西宮聖愛教会(当時は家の教会)に遣わされ23年間、家族伝道を掲げて開拓伝道に従事しました。神の大きな祝福を受け、10名程度の教会から、100名礼拝に手が届くまで教会は成長しました。西宮ではプレハブ会堂と鉄骨4階建ての会堂を献堂しました。献身者は3名与えられました。
 1990年3月末に荻窪栄光教会に着任しました。教会は私が赴任する2~3年前から統一協会からの救出運動が盛んになり、礼拝には救出家族の方々が多く出席され、礼拝人数も400名を超える程になりました。そうした矢先に1988年に森山先生が倒れられ、その機に救出運動も三つに分かれ、教勢も低下しましたが、摂理的に教会も次第に落ち着いてきました。私が赴任したのはそうした状態の時でした。荻窪栄光教会はもともと信徒活動が整った教会でしたので、私は本来の仕事に当たることができました。教勢も財政も祝福され、家族信徒も増えたことは、神の約束の成就であると感謝しております。
 1990年3月の最後の祈祷会に家族6人と犬一匹で(長女はオーストラリア赴任)荻窪栄光教会に着任しました。その後5人の子どもたちも荻窪で育ち、それぞれ家庭を持ち、孫も8人与えられ、総計20名の家族になりました。この32年間に亘って足りない者でありましたが、私たちを温かく支えて下さったことを心から感謝申し上げます。引退後の生活においても身に余る待遇を頂き、有り難く心から感謝申し上げます。

 「あなたがたがわたしの名によって父に求めるものをすべて、父が与えてくださるようになるためです。」

 すべて求めるものは与えられ、願うことはすべて叶えられました。これらすべてのことは、「選ばれたる我」に対する神の約束の成就であることを覚え、主の御名を崇め、感謝申し上げます。

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