出席連絡
司会:久保直基兄 奏楽:藤村陽子姉
前 奏 奏 楽 者
開 会 唱 聖366 聖 歌 隊
招 詞 マルコ10:15~16 司 会 者
賛 美 新317(聖493) 一 同
主の祈り 新826頁 〃
祈 祷 唱 聖373(新ナシ) 〃
使徒信条 新826頁 〃
交 読 文 46(詩篇148篇)916頁(新改訳) 〃
祈 祷 司 会 者
賛 美 新505(聖ナシ) 一 同
合 唱 「小さい羊が」 聖 歌 隊
―幼児・児童祝福式―
聖 書 マタイ18:1~10 生田目創太兄
説 教 「幼子から受けるもの」 井上義実師
祈 祷 一 同
賛 美 新474(聖651) 一 同
献 金
献 金 唱 聖378 〃
感 謝 当 番
頌 栄 新63(聖383) 一 同
祝 祷 牧 師
閉 会 唱 聖389 聖 歌 隊
後 奏 奏 楽 者
報 告 司 会 者
※パソコンでの追従無し
Webコイノニアで閲覧できない場合はYouTubeでご参加ください。
https://www.youtube.com/watch?v=sPM_Glsbt1M
※LIVEの場合は再生が始まらない場合があります。始まらない場合は上記のYouTubeでご参加ください。
※パソコンで再生して下に移動すると映像が追従します
説 教 題:「幼子から受けるもの」 井上義実師
聖書箇所:マタイ18:1~10
本日は幼児児童祝福礼拝を迎えました。元・子どもたちの大人の皆さんが一年間で、一番嬉しそうな顔をされる礼拝です。講壇から見ているとよく分かります。大人は子どもたちを教えると考えやすいですが、大人もまた、子どもたちから学ぶべきです。
サン・テグジュペリの「星の王子さま」の前書きは考えさせられる内容です。子どもたちから学ぶべきことを、イエス様はどのように語られているのでしょうか。
Ⅰ.天国に入るためには
弟子たちはイエス様のところにやって来ました。そして、「天国で誰が一番偉いのですか。」と尋ねています。弟子たちはよく仲間内で誰が一番偉いのかと論じていました。ここでは、天国の順位、序列を尋ねています。人間の世界では団体、組織、…様々な場所で、順位、序列はあります。天国は人間の世界ではなく、神様の御国です。順位、序列があるのかどうなのかも分かりません。それ以上に、全てを決められるのは神様ですから、何と愚かな質問だろうかと思います。
イエス様はため息の一つもつかれたのではなかっただろうかと想像します。イエス様は、弟子たちに答えるために、近くで遊んでいた一人の幼子を呼び寄せられ、真ん中に立たせられました。3節には、「まことに、あなたがたに言います。向きを変えて子どもたちのようにならなければ、決して天の御国に入れません。」と言われたとあります。まず、弟子たちは自分たちが天国に入れると思っていますが、神様の御心にかなわなければ入ることはできません。
「向きを変えて」とは、悔い改めて、ひるがえってという意味です。「決して…入れません。」という言葉は2重の強い否定語が使われています。弟子たちが、今持っている考え方を入れ替えなければ、決して天国に入ることはできないとイエス様は強くおっしゃいました。
Ⅱ.子どものようになるには
イエス様が「子どもたちのようにならなければ」と言われたのはどういう意味でしょうか。私たちは子どもたちが純真無垢で、天使のようだと思いやすいものです。しかし、イエス様はそのように言われたのではありません。
当時のイスラエルで、他の地域もそうだったでしょうが、子どもたちはそれほど大切にされてはいなかったようです。ほとんどの国々、地域では近代に入るまで、子どもは安価な労働力のようにしか思われていませんでした。子どもが大事な存在とみなされるまで多くの時間がかかっています。今でも、過酷な生活を強いられている子どもたちは、世界でも日本でも多くいることは心が痛みます。
イエス様が「子どもたちのようにならなければ」と言われたのはどういう意味でしょうか。子どもたちには大人が失ってしまったもの、大人が学ぶべき特長はたくさんあります。子どもたちは新しいことを学ぶ柔軟性があります。子どもたちは感受性が豊か、泣き笑い、驚き喜ぶ姿をもっています。もっと多くのことが言えるでしょうが、これらを越えて、イエス様が子どもたちのようにと言われたのは、子どもたちの低さ、小ささということです。
神の御国に入るためには偉ぶったり、心頑なであるのではなく、自らの低さ、小ささを覚えながら、人と喜び、人と泣くような心の柔らかさ、へりくだりが必要であるということです。
Ⅲ.一人を大切にするには
続いてイエス様は、一人をつまずかせてはいけないことを語られました。つまずきは何時、どこで、何かの原因によって、起こるものです。しかし、つまずきになると明らかに思われるものは、最初から注意して取り除くことをおっしゃっています。つまずきをもたらせる者は、天の御国の祝福とは正反対になる、地獄になる永遠の火、ゲヘナの火に投げ込まれるとあります。
この警告は天の御国に入る者と対にして、語られています。神様は愛なる御方であり、善なる御方であり、慈しみとあわれみに富まれています。神様の私たちへの願いが、天の御国に入るようにということは明らかなことです。私たちがやがて天の御国に迎えられるように、幼子のような小ささ、低さを持ちながら、天の御国につながる道、御心にかなう歩みを全うさせていただこうではないでしょうか。
イエス様を救い主と信じて、なお心の低くあり、心へりくだったものに天国は開かれています。年令、民族、国籍、能力、資格…何の関係もなく、神様は天の御国を開いて、祝福を用意されています。子どもたちと共に、主の御名を呼ぶ全ての人と共に進んでいきましょう。
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