
出席連絡
司会:馬越正就兄 奏楽:藤村陽子姉
前 奏 奏 楽 者
開 会 唱 聖366 聖 歌 隊
招 詞 箴言3:5~6 司 会 者
賛 美 新154(聖486) 一 同
主の祈り 新826頁 〃
祈 祷 唱 聖373(新ナシ) 〃
使徒信条 新826頁 〃
交 読 文 9(詩篇第27篇)885頁(新改訳) 〃
祈 祷 司 会 者
賛 美 新146(聖ナシ) 一 同
合 唱 「見よ神のみとの」 聖 歌 隊
聖 書 ピリピ1:27~30 由井万里姉
説 教 「心を一つにして戦う」 井上義実師
祈 祷 一 同
賛 美 新385(聖ナシ) 一 同
献 金
献 金 唱 聖378 〃
感 謝 当 番
頌 栄 新63(聖383) 一 同
祝 祷 牧 師
閉 会 唱 聖389 聖 歌 隊
後 奏 奏 楽 者
報 告 司 会 者
※パソコンでの追従無し
Webコイノニアで閲覧できない場合はYouTubeでご参加ください。
https://www.youtube.com/watch?v=crKK7zbKk-I
※LIVEの場合は再生が始まらない場合があります。始まらない場合は上記のYouTubeでご参加ください。
※パソコンで再生して下に移動すると映像が追従します
説 教 題:「心を一つにして戦う」 井上義実師
聖書箇所:ピリピ1:27~30
本日午後は2026年度計画・予算を諮る教会総会を迎えます。私たちが一致して立ち上がるために、一つとされることを、午前の礼拝からも語っていきます。
Ⅰ.一致に当たって
この聖書箇所は教会が一つにされることが記されています。一致の前提、大元になるものは何でしょうか。27節「ただキリストの福音にふさわしく生活しなさい。」から始まります。聖書欄外に註がありますが「市民として生活しなさい」とも訳されます。私たちは、この世では日本国民、〇〇市民として暮らしています。基本的人権の尊重という言葉を記憶の彼方に教えられた覚えがあります。人権はいつ学校で教わるのかを調べてみますと、小学校入学時から始まって、高校まで続きます。国民の三大義務が教育、勤労、納税です。国民の三大権利が生存、教育、参政になります。
私たちは、この世での市民ですし、その上で神の国の市民です。私たちはイエス様の十字架の贖いによって救われ、永遠に至る喜びをいただき、神様の愛によって感謝の内に生かされています。神様からの救い、喜び、感謝をいただいて、神の国の市民の働きを果たせます。具体的には毎週の集会への出席、日々の祈りと神様との交わり、献げもの、神様を証しし伝道することが、主な働きと言えます。
私たちがこの世での市民であり、神の国の市民であることが、教会の一致の土台、基となっていきます。私たちはこの世にも、神の国にも2つに帰属しています。このことが私たちに安心感、満足感、自信、力につながっていきます。
Ⅱ.一つの霊によって
神の国の市民であることが一致の土台ですが、神の国の市民の力となるものは何でしょうか。27節には「霊を一つに」とありますが、私たちは聖霊によって力をいただき、聖霊によって動かされていきます。今年は4月5日にイースター、5月24日にペンテコステを迎えます。イエス様が天に帰られる時の約束は、「あなたがたは間もなく、聖霊によるバプテスマを授けられる」(使徒1:5)、「聖霊があなたがたの上に臨むとき、…エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、私の証人となります。」(使徒1:8)でした。この約束はやがて、五旬節、ペンテコステに成就しました。
それまでの弟子たちは、誰が偉いかと何時も比較ばかりをして、心はばらばらでした。イエス様が天に帰られた後、弟子たちはエルサレムに帰って、一つ家の二階座敷の祈りから変えられていきました。五旬節の日に、聖霊が降ったことは圧倒的な恵みでした。弟子たちの間にあった隔たり、妨げ、違いは押し流されました。それまで、弟子たちはイエス様を十字架に付けた人々を恐れていたでしょうが、臆することなく大胆にイエス様の救いを証しし始めました。そこに神様の御業は起こっていきます。
聖霊が臨むことによって、隔ては除かれて一致が生まれました。聖霊に満たされた人々の間に、神様の力は与えられていきます。私たちも同じ恵みに導かれていきます。
Ⅲ.一つの群れとして
私たちの一致の土台は神の国の市民であること、一致の力は聖霊によって表されていくことを見て来ました。教会は神様が導いてくださいますが、この箇所にも、その歩みに「反対者たち」(28節)があり、「苦しむこと」(29節)、「苦闘」(30節)があると言っています。神様を信じれば良いこと祝福ばかりで、悪いこと苦難は起こらないというのは、あまりに御利益的であり、現実にはそのような宗教はありません。それでは、信仰と苦難をどう捉えれば良いのでしょうか。
パウロの記したコリント人への手紙第二の1章には、「私たちにキリストの苦難があふれているように、キリストによって私たちの慰めもあふれているからです。」(1:5)とあります。コリント教会はパウロが愛し、心配し、深い関わりを持った教会です。コリントへの手紙第二の1:3から1:11までの間に、「苦難」と「苦しみ」が7回記されています。しかし、「慰め」は10回記される。神様からは苦難、苦しみをはるかに超えて、慰めが与えられていくことを、ここからも示してくださっています。私たちは苦難、苦しみに悩みますが、慰めをもって臨んでくださる神様がおられるので、恐れる必要はありません。
教会は神の国の市民の集まりです。教会は聖霊によって動かされ、一致が与えられる共同体です。教会は教会員だけではなく、教会内外の多くの人の関りによって、祈られ、支えられていきます。ピリピの手紙にも「テモテ」(2:19)、「エパフロディト」(2:25)が教会を励まし助けるために、パウロの使者として送られていくことが記されています。同時に、教会員の「ユウオディア」「シンティケ」(4:2)という女性の役員、「クレメンスやそのほかの私の同労者たち」(4:3)の名前が上げられています。教会員が同じ思いとなり、一つとなって、戦っていくことを勧めています。
教会が前進していくために、成長していくために、神様はその教会に神様を信じる者たち、神の国の市民を起こされます。群れの内に聖霊が働かれて、神様の力が表されていきます。教会が導かれていくために指導者が起こされ、多くの人の祈りと、愛の関りによって、神様の恵みがその内になされていきます。私たちも、その内にある一つの群れとして新年度の歩みに向けて備えをさせていただこうではありませんか。
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