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~ 荻窪栄光教会・船橋栄光教会の皆様へ ~

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2026年1月11日(新年聖会Ⅰ)礼拝ページ

目次

出席連絡

礼拝出席フォーム

 

 


 

※4人目以降は、3人分を送信後に再読み込みして記入してください

前  奏        奏 楽 者
開 会 唱    聖366    聖 歌 隊
招  詞    出エジプト33:14~16    司 会 者
賛  美    新19(聖478)    一   同
主の祈り    新826頁    〃
祈 祷 唱    聖373(新ナシ)    〃
使徒信条    新826頁    〃
交 読 文    3(詩篇第16篇)880頁(新改訳)    〃
祈  祷        司 会 者

賛  美    新325(聖498)    一   同
合  唱    「ながまことは大いなり」    聖 歌 隊

聖  書    ルカ22:54~62    桂 以そ美姉

説  教    「イエスのあわれみがあるから」    足立 宏師

祈  祷        一   同

賛  美    新396(聖581)    一   同
献  金
献 金 唱    聖378    〃
感  謝        当   番

頌  栄    新63(聖383)    一   同
祝  祷        牧   師
閉 会 唱    聖389    聖 歌 隊
後  奏        奏 楽 者
報  告        司 会 者

Webコイノニアで閲覧できない場合はYouTubeでご参加ください。

https://www.youtube.com/watch?v=IxoO1y9iWkI

※パソコンで再生して下に移動すると映像が追従します

荻窪新年聖会礼拝 聖会Ⅰ 2026年1月11日

「イエスのあわれみがあるから」ルカ 22:54–62
池田中央教会牧師・日本イエス・キリスト教団副委員長 足立 宏師

1.ペテロの挫折 ― 私たちの弱さと限界

イエスが逮捕された夜、弟子たちは口々に「たとえ死ぬことになっても、あなたを知らないとは申しません」と誓いました。しかし実際には、恐れのあまり皆逃げてしまいます。その中でペテロは、遠くからイエスの後をつけ、大祭司の家の庭で焚き火にあたりながら成り行きを見守っていました。勇気ある行動のように見えますが、そこで彼は三度、イエスを知らないと言ってしまいます。

最初に声をかけたのは一人の女中でした。「この人もイエスと一緒にいました」。多くの人の視線が集まる中、ペテロは恐れ、「私はその人を知らない」と否定します。

一度嘘を口にすると、私たちはそれを取り繕うために、さらに嘘を重ねてしまいます。やがて、方言でガリラヤ人だと見抜かれ、逃げ道を失ったペテロは、ついに決定的にイエスを否定しました。人の目を恐れ、自己防衛に走るペテロの姿は、私たち自身の姿でもあります。「神がどう思われるか」よりも、「人が自分をどう見るか」を恐れてしまう弱さ。
しかし、聖書はペテロを嘲笑うために描いているのではありません。その弱さを知りつつ、なお見捨てられない主がおられることを示すためです。

2.イエスのあわれみのまなざし ― とりなしの祈り

ペテロが三度否定した直後、鶏が鳴きます。その瞬間、イエスとペテロの目が合いました。裁判のただ中にあり、辱められていた主は、なおペテロを見ておられました。そのまなざしは、責めや憎しみではなく、深いあわれみと祈りに満ちた愛のまなざしでした。イエスはその数時間前、すでに語っていました。

「しかし、わたしはあなたのために、あなたの信仰がなくならないように祈りました。ですから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」(ルカ 22:32)

イエスはペテロの裏切りを知りつつ、なお彼を丸ごと受け入れておられました。
ペテロは、自分の決心や誓いだけでは主に従い通せないことを痛感します。しかし、そこから彼は初めて、恵みによって立つ信仰を学びはじめます。

信仰は、人間の努力や根性で作り出すものではありません。中心にあるのは、主イエスのとりなしとあわれみです。だから、不信仰な私たちもなお歩み出すことができるのです。

3.挫折が備える恵み ― 立ち直らされたペテロ

もしペテロが倒れず、自力で切り抜けていたなら、彼は人を裁くリーダーになっていたかもしれません。「自分だけは従い通した」と誇る指導者です。しかしそれは福音ではなく、人間を主とする危うい姿です。
主はあえてペテロに挫折を通らせ、「立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」と導かれました。
ペンテコステの日、聖霊に満たされた彼は、仲間と共にチームとして仕え、福音の恵みを語る器となります。そこには「私はあわれみで立っています」という謙遜が流れていました。

私たちの信仰も同じです。
本当の出発点は、イエスのあわれみを 100%そのまま受け入れることです。
「こうあるべきだ」という義務ではなく、「それでも受け入れてくださる」という恵み。そこから、主への信頼が生まれます。

4.結び ― あわれみの中で生きる

ペテロは泣きながら外に出ていきました。しかしその涙は、絶望の涙で終わりませんでした。主のあわれみが彼を包み、やがて立ち直らせたからです。

私たちもまた、失敗し、弱さを抱え、時に主を遠ざけてしまいます。
それでも主は、あの夜ペテロを見つめたのと同じまなざしで、祈り、待ち、赦し、立ち上がらせてくださるお方です。

「イエスのあわれみがあるから、大丈夫。」

この恵みの確信こそ、新しい一年を歩む私たちの土台です。
日々「義とされ、きよめられ、栄光へと導かれる道」を、主に信頼して進みましょう。

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