
出席連絡
司会:六田 崇兄 奏楽:宮澤幸恵姉
前 奏 奏 楽 者
開 会 唱 聖366 聖 歌 隊
招 詞 ヨハネ1:9~12 司 会 者
賛 美 新76(聖ナシ) 一 同
主の祈り 新826頁 〃
祈 祷 唱 聖373(新ナシ) 〃
使徒信条 新826頁 〃
交 読 文 59(Ⅰヨハネ4章)927頁(新改訳) 〃
祈 祷 司 会 者
賛 美 新78(聖ナシ) 一 同
合 唱 「天には栄え み神にあれや」 聖 歌 隊
聖 書 ルカ2:8~20 松下真由美姉
説 教 「神様をほめたたえる」 井上義実師
祈 祷 一 同
賛 美 新77(聖ナシ) 一 同
献 金
献 金 唱 聖378 〃
感 謝 当 番
頌 栄 新63(聖383) 一 同
祝 祷 牧 師
閉 会 唱 聖389 聖 歌 隊
後 奏 奏 楽 者
報 告 司 会 者
※パソコンでの追従無し
Webコイノニアで閲覧できない場合はYouTubeでご参加ください。
https://www.youtube.com/watch?v=Nq_xIxZFX7I
※LIVEの場合は再生が始まらない場合があります。始まらない場合は上記のYouTubeでご参加ください。
※パソコンで再生して下に移動すると映像が追従します
説 教 題:「神様をほめたたえる」 井上義実師
聖書箇所:ルカによる福音書2:8~20
クリスマスにお生まれくださった救い主イエス様をたたえます。イエス様を救い主としてお遣わしくださった神様に感謝をささげます。
今年はクリスマス礼拝で洗礼式は行いませんが、直近に2人の受洗者がありました。本日の週報には3人の方々の受洗の証しを挟みましたのでお読みください。
Ⅰ.低い所にあるもの
イエス様がお生まれになった夜のできごとです。繰り返し、何度も読み、何度も語られる話ですが、いつも新しい感動を覚えます。ベツレヘム近郊の野原で、羊飼いたちが羊の番をしていました。この羊飼いたちに、神様は天使を遣わし、救い主の誕生を最初に告げられました。羊飼いは当時のユダヤの社会で低い位置付にありました。生き物の世話をしているので、安息日に休みをとって礼拝をささげ、律法の厳密な規定を守ることができませんでした。羊飼いは、放牧の時期は町では暮らすことができず、町の人々との交わりから離れていました。
イエス様がお生まれになった時、宿屋にはマリア、ヨセフの泊まる場所はありませんでした。生まれたばかりのイエス様が寝かされたのは柔らかな寝床ではなく、藁をしいた飼葉桶でした「マリアは月が満ちて、男子の初子を産んだ。そして、その子を布にくるんで飼葉桶に寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。」(6・7節)。
イエス様はこれ以上ないほどに低く、貧しく生まれてくださいました。永遠であり、無限の天の栄光をお持ちの方が、地上に人の姿で来られただけでも、自らを卑しく低くされなければなりません。もしも、イエス様が天の栄光をそのままに、地上に来られたなら誰もイエス様の輝きの前に立つことはできません。イエス様が最底辺のように生まれてくださったのは、誰もはばかることなく、臆することなく、会いにいくことのできる御方としてこの世に来てくださった姿なのです。混乱が続く貧しい国にも、大都会のスラムにも、イエス様がお出でになれない場所はないのです。
Ⅱ.高い所にあるもの
この夜、羊飼いたちに突然、神様の光が照り輝いて、御使いが神様のメッセージを伝えました。今年の待降節の礼拝では、マリアが救い主をみごもること、ヨセフにも救い主の誕生を神様が知らされたことを語りました。これらのメッセージはマリア個人、ヨセフ個人に対してでしたが、神様は羊飼いたちに「この民全体に伝えられる」「あなたがたのために」と伝えられました。神様は、羊飼いたちには明らかに全ての人への救い主の誕生を告げられました。
旧約聖書の時代、神様は多くの預言者、神の人を通してメシア、救い主の誕生を預言されてきました。待ち望まれた神様の時が満ちて、神様は救い主の誕生を成し遂げられました「しかし時が満ちて、神はご自分の御子を、女から生まれた者、律法の下にある者として遣わされました。 それは、律法の下にある者を贖い出すためであり、私たちが子としての身分を受けるためでした。」(ガラテヤ4:4・5)。
野にいる羊飼いを前に、御使いと天の軍勢は神様を賛美しました。天に栄光、地に平和と賛美されますが、天に栄光、地に平和は別々のものではなく、互に分かつことができない不可分のものです。天の栄光は絶えることなくありますが、地上の平和は国同士の戦争、人間同士のいさかい、争いによっていつも破られています。破れ口が広がっている地上に、天の栄光をお持ちであるイエス様が来られ、真の平和が語られ、真の平和が表される必要があるのです。
Ⅲ.低いものが高いものとされる
全ての人への救いがイエス様の誕生によって現わされました。人々が待ち望んだ、この良い知らせを、羊飼いたちから町の人たちが聞いても「驚いた。」(18節)だけでした。町の人たちは、救い主の誕生を自分たちと関わっているとは思ってはいません。今につながっている、イエス様への無関心、冷淡な人々の姿があります。
羊飼いたちは、お生まれになったイエス様は、自分と関わってくださる天から来られた救い主であると信じました。羊飼いたちは喜びにあふれて、神様からの愛の賜物、救い主の誕生を語らずには、賛美せずにはおられません。羊飼いたちこそが「みこころにかなう人々」として神様からの平和をいただきました。神様からの平和とは、ただ争いがないということだけではなく、神様からの祝福と恵みに満ちたものであり、人に命と力を与えるものなのです。
羊飼いたちが帰っていく先は、野原の羊たちの元でした。彼らの羊たちを飼う日常は何も変わりません。町の人たちが自分たちを蔑んでいることも変わりません。日常が変わらなくても、周囲の人々が変わらなくても、何よりも羊飼いたちがイエス様と出会って与えられた喜びは変わらないのです。羊飼いたちからこの喜びを取り去ることのできるものは何もありません。羊飼いたちがいただいた、イエス様の輝きを私たちも心にいただいて、この年のクリスマスから歩み出ていきましょう。「イエスは再び人々に語られた。『わたしは世の光です。わたしに従う者は、決して闇の中を歩むことがなく、いのちの光を持ちます。』」(ヨハネ8:12)
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