出席連絡
司会:尾形信嗣兄 奏楽:長谷川綾子姉
前 奏 奏 楽 者
開 会 唱 聖366 聖 歌 隊
招 詞 イザヤ55:8~9 司 会 者
賛 美 新88(聖394) 一 同
主の祈り 新826頁 〃
祈 祷 唱 聖373(新ナシ) 〃
使徒信条 新826頁 〃
交 読 文 43(詩篇136篇)913頁(新改訳) 〃
祈 祷 司 会 者
賛 美 新209(聖ナシ) 一 同
合 唱 「聖なる者と」 聖 歌 隊
救いの証し 淀川 穣兄
聖 書 マタイ18:21~35 沖 加奈姉
説 教 「神様に赦された者として」 井上義実師
祈 祷 一 同
賛 美 新233(聖229) 一 同
献 金
献 金 唱 聖378 〃
感 謝 当 番
頌 栄 新63(聖383) 一 同
祝 祷 牧 師
閉 会 唱 聖389 聖 歌 隊
後 奏 奏 楽 者
報 告 司 会 者
※パソコンでの追従無し
Webコイノニアで閲覧できない場合はYouTubeでご参加ください。
https://www.youtube.com/watch?v=vQSDr8vSka0
※LIVEの場合は再生が始まらない場合があります。始まらない場合は上記のYouTubeでご参加ください。
※パソコンで再生して下に移動すると映像が追従します
説 教 題:「神様に赦された者として」井上義実師
聖書箇所:マタイ18:21~35
今、読んでいただいた箇所は「ゆるし」がテーマです。赦しは誰にでも関わることでしょうが、赦すことも、赦されることも、難しいものです。日本では俗に「仏の顔も三度まで」と言います。堪忍袋の緒が切れたと同じような意味でしょう。
赦しの難しさの一つには、過去のできごとは無くならないものですし、過去の言葉は消えないものでもあるからです。誰もが、どこかで人に傷つけられたことがあり、どこかで人を傷つけてしまったこともあります。それではイエス様はゆるしをどのように語られているのでしょうか。
Ⅰ.イエス様への問いかけ
イエス様の元に弟子のペテロがやって来ました。イエス様に、人が私に罪を犯した時は何回許せば良いのでしょうかと尋ねました。7回まででしょうかと尋ねています。ペテロはきっと、7回も赦せば十分だろうと思っていたのでしょう。所が、イエス様の答えは7回を70倍しなさいでした。ペテロはとても驚いたに違いありません。イエス様は言葉通り、人の罪を490回数えなさいと言われたのではありませ。7回の70倍とは、無限に赦しなさいとの意味になります。これは、何と重い言葉ではないでしょうか。ゆるしについて、イエス様はたとえ話を語られ始めました。
一人の王がいて、借金の清算を始めました。一人の人が王に1万タラントの借金を抱えていました。1デナリは当時の1日の賃金に相当します。また、1タラントは6千デナリでした。1デナリを仮に、1万円とすると1タラントは6千万円になります。1万タラントは6千万円の1万倍となり6千億円に相当します。一生かかっても1パーセントも返せない額でしょう。
何と、王はかわいそうに思って、この人の借金を帳消しにしてやりました。この人は負債を赦され、自由となったのです。所が、この人は仲間に貸した100デナリを赦さずに、牢屋に投げ込みました。100デナリは先ほどの計算では100万円です。王はこの人の膨大な借金をゆるしてやったのに、それに比べれば小さな金額を猶予しなかった人を怒って、牢屋に投げ入れました。
この話は、7回を70倍する無限の赦しの説き明かしです。王は神様ですし、私たちはこの膨大な借金の人のように、罪を犯して莫大な負債を神様に持っている人間であることを示しています。それでは、私たちも数えられない罪のために、牢屋で償う者なのでしょうか。神様の答えを見て行きます。
Ⅱ.イエス様がなさった働き
イエス様がなさった愛の働きを、一番よく表す言葉はヨハネ3:16です「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」。神様のひとり子、御子とはイエス様のことです。イエス様を救い主と信じるならば、滅びることなく、永遠のいのちを持つことができますと語られています。
1977年にダッカ日航機ハイジャック事件が起こりました。私は15歳だったので覚えています。この時、犯人側の要求を受け入れ、人質を解放する際に福田赳夫首相が言った言葉が「一人の生命は地球より重い」です。もう一つの言葉が、超法規的措置でした。
時間に限りのある、一人の人の命が、地球より重いのであれば、一人の人が滅びに向かうのか、永遠のいのちに向かうのかということはもっと大きな重い課題になります。やがて尽きてしまう一人の命が地球より重いのであれば、一人の人の永遠の命は無限大に大きな価値があります。ダッカ事件では犯人に16億円の身代金が支払われました。
全ての人の永遠のいのちのために、身代金として、イエス様は十字架にかかってご自分の命を差し出してくださいました。人間ではない、神のひとり子イエス様の、測り知れない尊い命によって私たちは、永遠の滅びから、永遠のいのちに移されることができました。
Ⅲ.神様のゆるしに与るならば
私たちはイエス様を信じるだけで罪が赦され、神様の永遠のいのちに与れるのですかと疑問さえ感じることです。イエス様が十字架に架かられた時、最初に語られた言葉は、(ルカ23:34)「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」でした。
イエス様の十字架の左右には、死刑判決を受けた強盗たちが十字架に架けられていました。一人は自分の罪を認め、イエス様に赦しを願い、救われて御国に導かれる約束をいただきました。十字架の苦しみの中で、一人の犯罪者が永遠の命を持つことができたのです。もう一人の方はイエス様に悪態をつき、自分の罪に向き合いませんでした。もう一人は滅びへと向かってしまったのです。
イエス様が十字架の上で語られた「父よ、彼らをお赦しください。」、この言葉は、2千年前のエルサレムのゴルゴダの丘で終わっていません。今も、全ての人に対してイエス様はこのように祈られています。この祈りはイエス様の救いを信じ、罪を赦していただきたいと願う全ての人に有効であり続けています。イエス様の祈りを受け止めて、私たちも罪の赦しをいただき、神様の永遠の命に生きようではありませんか。
この大きな赦しに与った者は、人への赦しに向かうことができます。人間の力、人間の意思には限界があります。そのような私たちであっても、イエス様の救いにより、神様により頼むことによって、私たちは初めて人を赦すものとされていきます。人が私に罪を犯した、人が私に害を加えた、人の言葉に傷ついたということがあるでしょう。そのことは辛いことですが、人を赦さないという心を持つことも辛いことです。イエス様の赦しと救いは、そのような心から私たちを自由にし、解放してくださいます。
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