MENU

このサイトの編集

このサイトは、Webグループ・メンバーが管理更新を行っています。文章の追加・編集・要望などは、以下のフォームからご連絡ください。

【Webグループ(2021年4月24日現在)】
阿部修一、馬越正就、馬越嶺、大垣義信、丹羽琢也、長谷川綾子、宮沢哲男、目黒由美子、矢島志朗、アドバイザー上坂栄太

「このWebサイトの編集について」のメールフォーム

井上先生への連絡や質問

~ 荻窪栄光教会・船橋栄光教会の皆様へ ~

このメールは私・井上に直接届きます。ご遠慮なくお送り下さい。言うまでもありませんが、プライバシー・守秘事項は守りますのでご安心下さい。井上義実

井上先生への連絡&質問(送信後の削除設定が未設定)

Instagramを始めました!ぜひご覧ください Instagramを見る

 30分で学ぶ新約聖書 ⑲へブル人への手紙

聖書各巻緒論58・公同書簡1

説 教 題:「イエス様と歩み続ける」   井上義実師
聖書箇所:へブル12:1~4

 徳川家康の遺訓は「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。」から始まります。徳川家康にとって織田家、豊臣家が相手だけではなく、天下統一は振り返って長い道であったことでしょう。この聖書箇所は、私たちの人生の行く道、走るべき道が示されています。
へブル人への手紙が開かれてきましたが、へブル人とはどこの国の人なのだろうかと思われたでしょうか。へブル人、イスラエル人、ユダヤ人は、それぞれに呼び名が生まれた事情は違いますが、同じ民族、同じ国民を指しています。へブル人と言った場合は、ヘブル語(ヘブライ語、今もイスラエルの公用語)を話す人々という意味合いもあります。

目次

Ⅰ.イエス様は全ての人の救い


 この手紙はヘブル語を話すイスラエルの人々に、イエス様による救いが語られています。イスラエルの人々は、イエス様以前に、旧約聖書に出てくる長い歴史を通ってきました。

皆様の暮らす街、皆様の家には、どんな宗教的行事があるでしょうか。春や秋、それぞれの季節にいわれがある祭りがあります。イスラエルの人々が守ってきた、旧約聖書の祭りごとと言えるものは、もっとたくさんありました。季節毎ではなく、毎日の日常の中にあったのです。神様の定められた決まりですが、これらを守ることが、イスラエルの人々にとって、神様の御心を満たして、救いにつながることだったのです。
 旧約聖書が閉じられて、新約聖書はイエス様の誕生、クリスマスのできごとから始まります。イスラエルの人々は旧約聖書の中で生きてきました。イスラエルの人々は毎日の決まりの中に縛られていました。そのイスラエルの人々に、イエス様こそが救い主ですということを示したのがこの手紙になります。イエス様が縛りつけていたものから解き放ってくださることが書かれています。
私たちも何かに縛られることはあります。私たちを縛るものが、どんなに固いもの、変わらないと思えるものであったとしても、打ち砕いてくださる神様の救いは、目の前にあります。

Ⅱ.イエス様が始まりで終わりとなる


 イエス様は「信仰の創始者であり完成者である」(2節)と記されています。イスラエルの人々は、誇りを込めて、自分たちの信仰の父はアブラハムですと言います。もしそうであれば、アブラハムを父に持っていない私たちに、救いはないでしょう。神様である御方イエス様が地上に来られました。このイエス様が信仰の始まりであれば、私たちは誰でもイエス様によって信仰に入れられることができます。
イエス様は信仰の完成者であるとも言っています。イエス様は信仰の到達点、ゴールとなってくださいます。信仰を持っても、どこを目指せばよいのか分からなければ、手探りであり、とても厳しいことでしょう。
私たちは目指すべき到達点が明らかなのは幸いなことです。だからこそ「イエスから、目を離さないでいなさい。」(2節)と言われています。イエス様を見つめていれば、私たちは人生において迷う必要は無くなるのです。

Ⅲ.イエス様が助けてくださる


 私たちが神様の愛と恵みの内を歩んでいくために、イエス様は侮辱やあざけり、辱めをいとわないで、ご自分が殺されるという十字架を忍ばれて、神様の救いを完成してくださいました。それは、私たちが「一切の重荷とまとわりつく罪を捨て」(1節)るためだったのです。イエス様は、私たちの心を重くさせる、否定的な生き方から解き放ってくださいます。

 聖書には、どんな人の中にも人生の重荷と、その人をおとしめ卑しめる罪があると語っています。私たちは自分の重荷も、罪も、自分の力だけで消すことも、動かすこともできません。イエス様は私たちのどんな重荷も、罪も取り去ってくださることができます。
例)17世紀のクリスチャン作家、ジョン・バニヤンは「天路歴程」を書きました。主人公のクリスチャンが滅びの都から天の都に至るまでの人生の道行きの小説です。プロテスタントの宣教団体が新しい国の宣教を始めると、まずその国の言葉で聖書翻訳を始めます。次に天路歴程の翻訳を始めたと言われています。救いの物語です。 … 私自身を振返ってみての救いの証し、重荷と罪が取り去られる経験は、私自身を今日まで支えています。
 
 私たちを重荷と罪から解き放ってくださったイエス様のことを受け止め、見上げるならば、心が元気になり、健やかに過ごすことができます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次