聖書各巻緒論(21)
説 教 題:「永遠に目を止める」 井上義実師
聖書箇所:伝道者の書1:1~18


聖書各巻の緒論として前回の箴言に続いて伝道者の書を開きます。伝道者の書はヨブ記、詩篇の一部と共に知恵文学と呼ばれます。伝道者(コーヘレス)という言葉は集会を招集する者という意味です。私たちは伝道者と言うと、まずビリー・グラハムのようなエヴァンジェリストを想像します。ここでの伝道者とは、会衆に知恵を語る者という意味合いになります。

I.この世は空の空なのか

1 節「エルサレムの王、ダビデの子、伝道者のことば。」とあります。異論はたくさんありますが、ダビデの子ソロモンを指しています。「空の空。すべては空。」の書き出しがこの書を表しています。旧約聖書が編集された際には、伝道者の書を正典に入れるかどうかは、本書が記している虚無主義・ニヒリズムから反論も強くあったのです。

日本人は「空」という言葉に共感するのではないでしょうか。平家物語の冒頭には「祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。」、また方丈記の冒頭には「ゆく川のながれは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。」とあります。

2つの書物は、政治的な混乱が続き、天変地異も起った鎌倉時代の作になります。この世のはかなさ、移り変わりを記して、日本人的な無常観を表わしているでしょう。この感性は今の私たちにも流れているのではないかと思うのです。

しかし、この伝道者の書の「空の空。すべては空。」はもっと根源的な空しさを表しています。この書で描かれている空しさはあらゆる点において、徹底して空しいと言っています。

II.伝道者の探求

伝道者ソロモンは、神様から偉大な知恵と知識を授けられました。彼は、ソロモンの栄華と称された莫大な富と財産を使って人生の意義を求めることができたのです。中途半端な知恵や富ではなく、全てを極めたソロモンが人生を論ずることに深い意味があります。そのソロモンは、どんな「知恵と知識」も全てを満たすものではないと言っています(1:16~18)。全てを自由にできたソロモンが、人が求める「快楽」も空しいものであると言います(2:1~2)。

人間の基本的な欲望は生存のために神様が備えられています。正しく用いていくことは善いことですが、貪ることは神様や他者、自分自身に対しても悪になります。しかも満たされることはありません。「労苦と思い煩い」は報われないと言っています(2:22~23)。これもまた空しいものであるとされています。人は動物と同じだとまで伝道者は言っています(3:19)。この世の虐げ、不公正は目に余るものがあります(4:1~3)。この世の暴虐や混乱、無意味さが繰り返し記されています。伝道者はこれらの解決を見出そうとしています。少しはその回答を持つが根本的なものではありません。

III.伝道者の結論


最後のくだりになる 12:11~14 に短い結論が記されています。ここまで否定的、悲観的な言葉が書き連ねられてきました。この世の成功、栄誉、祝福は素晴らしいことでしょうが、それらを目的にするならば空しいことも語られています。どんなに成功、栄誉、祝福を持ったとしても人はそれに満足することはないからです。

伝道者が最後に語る結論は12:13 以降に記されています。それは真の神様を崇め、神様に従い日々を歩むことにあるのです。神様の時に叶うことができる、時を生かす賢い歩みなのです(3:1~8「時」参照)。そして、見える状態、結果に表わされること以上に、その人の内にある思い、隠れた姿、果たしてきた行いが問われます。私たちが神様に従っているのなら、目に見えるものに左右されずに、神様の前に心安んじることができるということです。神様の前に立つやがての日にも、はばかることなく立ちうるのです。

私たちはこの世にあって、この世の価値基準に従って生きています。しかし、それだけでは空しいのです。永遠の御国の価値基準に生きるものとして、神様の前に誠実に歩み続けましょう。

ペテロ第二 1:3~11

「1:3 私たちをご自身の栄光と栄誉によって召してくださった神を、私たちが知ったことにより、主イエスの、神としての御力は、いのちと敬虔をもたらすすべてのものを、私たちに与えました。
1:4 その栄光と栄誉を通して、尊く大いなる約束が私たちに与えられています。それは、その約束によってあなたがたが、欲望がもたらすこの世の腐敗を免れ、神のご性質にあずかる者となるためです。
1:5 だからこそ、あなたがたはあらゆる熱意を傾けて、信仰には徳を、徳には知識を、
1:6 知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、
1:7 敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。
1:8 これらがあなたがたに備わり、ますます豊かになるなら、私たちの主イエス・キリストを知る点で、あなたがたが役に立たない者とか実を結ばない者になることはありません。
1:9 これらを備えていない人は盲目です。自分の以前の罪がきよめられたことを忘れてしまって、近視眼的になっているのです。
1:10 ですから、兄弟たち。自分たちの召しと選びを確かなものとするように、いっそう励みなさい。これらのことを行っているなら、決してつまずくことはありません。
1:11 このようにして、私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの永遠の御国に入る恵みを、豊かに与えられるのです。」。