聖書各巻緒論(12)
説 教 題:「ヒゼキヤとイザヤ」      井上義実師
聖書箇所:列王記第二19:1~19

 聖書各巻の緒論は今回で第12回となりました。前回の列王記第一から第二に進みます。南北両王国に分れた分裂王国時代北王国イスラエルの滅亡南王国ユダの滅亡バビロン捕囚と言う痛ましい歴史になっていきます。

Ⅰ.基本的なことがら

著者:伝承としてはエレミヤの名が上がります。エレミヤはイスラエル王国の歴史を始まりから終わりまで記すことはできたでしょうが、著者が特定できるほど詳しくは解りません。

執筆年代:年代は北王国アハズヤの時代(B.C.855年頃)から、エルサレム陥落(B.C.586年)のゼデキヤの時代(B.C586年頃)までの期間となります。執筆された年代は著者同様に余りよく分らないと言えます。

大区分:1-10章 北王国:エリヤ昇天、エリシャの活動、エフー、アハブ家滅亡
    11-25章 南王国:ヨアシュ、ヒゼキヤ、ヨシヤ

Ⅱ.基本的なメッセージ:「滅亡に向かう分裂王国」

 列王記が進むにつれて、真の神様を軽んじ、預言者の警告に耳を傾けず、背信を重ねていく王と国の姿に、読む者は苦痛を覚えます。北王国イスラエルには真っ当な王はいなかったとほぼ言ってよいでしょう。

 南王国ユダより136年も早く滅亡したのも当然に思えます(北王国の首都サマリヤ陥落B.C.721-22年南王国の首都エルサレム滅亡B.C.586年)。さすがに南王国ユダはダビデ、ソロモンの直系とされる王であり、ヨアシュ、ヒゼキヤ、ヨシヤは神様に従った善王に数えられています。彼らが信仰の刷新、偶像を取り除く宗教改革を行っても、滅亡を遅らせることはできたとしても止めることはできなかったのです。

Ⅲ.聖書箇所のメッセージ:「ヒゼキヤの祈り」19:1~19

(列王記第二19章=イザヤ書37章)
 今日はヒゼキヤ王の箇所が開かれてきました。この時代は預言者イザヤが活動していました。ヒゼキヤ王預言者イザヤの間には、信頼と祈りの関係がありました。王と預言者が緊密に結び合わされていることは当然のことでしょうが、特別のように思えます。このことは、信仰が失われていたかに思える分裂王国時代の歴史が混迷していたことを表しています。
 ヒゼキヤ王については、18:3「彼は、すべて父祖ダビデが行ったとおりに、主の目にかなうことを行った。」、18:7「主は彼とともにおられた。彼はどこへ出て行っても成功を収めた。彼はアッシリアの王に反逆し、彼に仕えなかった。」とあります。ヒゼキヤ王の時代に、北王国イスラエルは、既に滅びていますが(18:9~10)、ヒゼキヤ王は預言者イザヤの霊的な支援を得ながら、神様の御心に歩みました。

 18章は、南王国ユダに大きな試練が及びます。北王国イスラエルに次いで、南王国ユダにアッシリアの王センナケリブが攻めてきました。将軍ラブ・シャケが送られてき、真の神様を冒涜して、降伏を勧めます。その内容とは、1)脅して怖れさせる(18:24)、2)不信仰へと向けさせる(18:22)、3)世的な甘言を述べる(18:31~33)のです。この内容は、私たちを神様から引き離させようとする悪魔の手段、策略を思わせます。

 この患難に直面して、ヒゼキヤは王の衣を引き裂き、粗布をまとい、神殿で切に祈りました(15~19節)。預言者イザヤに使いを送って、真の神様への祈りの要請をしました

 神様は、イザヤを通して答えを下さいました(5~7節)。この後にも、話は続いていきますが、神様の語られた言葉通りに事はなされていきます。主の使いによって、アッシリアの大軍は一夜にして、音も無く18万5千人が倒されます。アッシリア王センナケリブは侵攻を止め国に引き返し、ニネベで息子の剣によって殺されます。南王国ユダの存亡がかかった危急の時、切なる祈りに神様は応えられました。「主の使い」(19:35、「マアラク ヤハウェ」)を名代として遣わされて、大きな奇跡を起こされたのです。「主の使い」は単数形であり、一人の御使いがアッシリアの大軍を撃ち滅ぼしたのです。

 これ程、鮮やかな祈りの勝利はあるでしょうか。ローマ8:37には、「私たちは圧倒的な勝利者です。」とあります。一人子イエス様をこの世に遣わして下さり、救い主として献げて下さった神様の絶対的な愛が、私たちにあるからこそ、どんなことも恐れることはないのです。

 私たちが信じている神様は、祈り求める私たちにも圧倒的な勝利を見せて下さいます。

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